シャク爺ものがたり


わしはシャク爺。

もうおいぼれじゃ。
死にかけていたところをあひるネットワークとやらに助けられたのじゃ。

わしは昔、人間に飼われていたのじゃ。
黄色い雛のころじゃな、仲間があと2羽いた。
大きな女の子のガーコ
中くらいの男の子のグア
そしていちばん体が小さかったのがわしじゃ。

そんなわしの昔話を聞いてくれ、
わしがまだ若かったころの話じゃ、
『わし』じゃなくて、『ぼく』だったころの話し。


大人になって白い羽根を自慢し始めたころ、ぼくらは急に段ボールに詰め込まれてどこかに運ばれた。段ボールが開くとそこは野生の鴨やら、知らない人間がいる『石神井公園』というところだった。
大きな池があった。

「ほら、ここなら、あなたたち、自由に幸せに生きられるわよね。マンションじゃ苦情がきちゃうし、お風呂場の水浴びじゃつまんなかったでしょ?」
そう言っていつも側にいてくれた飼い主は去っていった。

ちょっと待ってと思った。
ごはんはどうしたらいいの?
野良猫もいる。
カラスもとんびも。
誰が敵から守ってくれるの?
ぼくたちは飛べないんだ。
野鳥じゃないから。
エサの取り方だってよくわからないよ。
だってあひるは、人間が食用につくった生き物だから!!!

ぼくらはとりあえず浮島まで泳いでいった。
野生の鴨が先住者だったけど、最初はにらみをきかせてきた鴨たちも、ぼくらが無力だとわかったのか、
「たまに人間がたべものを投げてくるからそれをキャッチするんだぞ!」と教えてくれた。

パンを投げてくれるおばあさんがいる。
おかしを投げてくれるおじさんもいる。

ぼくらはそういったものを必死にキャッチして生き延びていたんだ。
カラスや鳩、他の野鳥たちとの競争だったけど、

ぼくはいちばん体が小さくへたれだからさ、
いつもちょっとしかキャッチできなくて、だから雑草とかも食べたよ。水草もね。

でも、
中には食べ物を投げるふりをして石をなげる人間もいる。

グアはそれでケガをした。
たいしたケガじゃないと思ったけど、ばい菌が入ったのか、グアはどんどん元気がなくなっていった。

その週はたべものを投げてくれる人が少なくて、みんなおなかがペコペコで、やっと人が見えたから、
「人間のいる岸まで泳いでいこう!」ってなったんだ。
3羽で向かったんだけど、気が付くとグアがいない。

振り返ると半分沈んでいるのが見えた。

ぼくは急いで戻った。一生懸命泳いで戻った。
でも、
悲しい顔をして沈みかけているグアをぼくは、この、くちばしでも、大羽根でも、
助けられない。

「もうだめみたい。」と、
グアはぼくの目の前で沈んでいった。

雛のころから一緒だったグア。
水面にくちばしだけを残し、
白いからだが水面下で揺れている。

ぼくとガーコは朝まで動かなくなったグアの側にいたんだ。ウトウトして目が覚めると、グアの姿は水面下に消えて見えなくなっていた。

さよならグア。


ガーコとぼくの2羽になった。

ガーコは人間からたべものをもらうのがとても上手で、先住の野生の鴨たちから嫉妬されるほどだった。

ぼくはいつも残ったところをいただく。
要領抜群、エッヘン。

そんな大食いのガーコが食べなくなり、食べたものを吐き出すようになった。
パンとかお菓子ばかりじゃ、体によくなかったみたいだ。お腹のなかで腐っちゃうんだって、いつもパンを投げてくれた人たちは優しかった、ありがたかった、でもダメだったみたいだ。

ぼくよりずっと大きかったガーコが小さくなっていった。
浮島でじっとして動かない。

ぼくは寄り添っていることしかできなかった。
ぼくは無力だ。

となりで寝ていたらガーコの首がガクンと地面に落ちた。
ガーコの目からは涙が流れていた。
でも、もう、ガーコは動かない。

風が吹き、雨が降り、太陽が照り、
ガーコの体は羽根だけになり、
その羽根も風が飛ばしていった。
ガーコのボロボロになった羽根が水面に浮いて消えた。


ぼくはひとりにぼっちになった。

ぼくは思う。3羽がまだ雛だったころ、
あのあったかいお家と優しかった飼い主、
毎日食べられたごはん、

どうしてあのままじゃダメだったの?
ぼくらが鳴くのは、あひるだから。
鳴き声は大きいよ。

人間が会話するのと同じだよ。
それを知らないでぼくらを迎えたの?

そして、ぼくらは野鳥じゃないから、
自然の中で生きられないって知らないで棄てたの?

ぼくは運が良かったのか、生き延びていた。
鴨たちとも仲良くできた。ひとりぼっちだったから、仲良くしたんだ。

公園の桜はあれから何回咲いたのだろう、
気がつくと老あひるになっていたぼく・・・、
わしじゃ。

どれだけの年月が過ぎていったのだろう、
すっかりお爺あひるじゃ。

そんなある日、たべものをもらいに岸まで泳いでいくと、いきなり乱暴に掴み上げられてしまった!
人間っっ!油断していた!

怖くなった。逃げられない。

岸の地面ではわしらはモタモタとしか歩けない。怖い。人間に追いかけられた。
そして自転車に轢かれてしまったのじゃ。

ものすごい痛みが体を走った。
まっすぐ歩けない、
どっちに向かっているのかもわからない。

でも、ここから離れないと死ぬんだ。

胸が痛い、腰も痛い、
痛すぎて呼吸もできない。

だけど、わしは水に飛び込み、
ななめになりながら必死に浮島に戻ったのじゃ。

動けない。
浮島でうずくまって、
周りの草や虫を食べてしのいだ。

苦しかった。辛かった。
グアとガーコの夢を何度も見た。

痛い。もうわしは終わりかのぅ。

しばらくするとわしは奇跡的にゆっくりと歩けるようになった。

グアとガーコが天国から見守ってくれたのかもしれないな。

だけどそれでも、体中の痛みは消えず、わしはだんだん痩せていった。
歳のせいもあるのかのぅ。

カラスたちがいつもわしを監視しとった、
何度も突っつかれた、
「死んでたまるか。」

ある日、立ち上がろうとしたらのぅ・・・
もうずっと食べてなかったせいか、
立ち上がれなくなっていたのじゃ。

もう限界だと思ったよ。

グア、ガーコ、
君たちのところにわしも、まもなく行くよ。

空を見上げたらいいのか、
水面を見つめたらいいのか、
どっちなんだろうな。


水面の向こうにある教会のお姉さんがこっちを見ていた。
優しい目。
でも、あの人も、わしを自転車で轢いた人も、
わしらを棄てた人も、みんな同じ『人間』なのじゃ。

だから、信用はできんな。
でも、ずっと見守ってくれていた。

毎日、夢をみるようになった。
雛のころの夢。3羽でいつも寄り添っていた。
ぼんやりと消えてはまた見るあの夢じゃった。

夢なのか現実なのか、わからなくなっていった。そんなとき突然、浮島までボートがやってきた。

大きな網を持って近づいてきたのじゃ、
遠くでわしを見つめるあの教会のお姉さん。
岸にはたくさんの人がいた。

結局人間ってこうやってわしらを痛めつけるのかい?
わしらがなにをしたっていうんじゃ?もう怖さもなくなっていた。

わしは捕まった。観念した。死ぬんじゃ、
サヨナラ。



遠くに見えていた教会のお姉さんの泣き顔がすぐ側にあった。
そして
わしはたくさんの人に囲まれていたのじゃ、
「おなかすいてない?」「お水は?」「よくがんばったね。」と、たべものをくれた。
何が起こったかすぐにはわからなかったけど、「怖くないよ。」「ごめんね、ごめんね!」とうっすら聞こえておった。

わしは抱っこされていた。
温かいな、ずっと忘れていたよ。

その後わしは、安全な寝床とおいしいごはんと、敵のこない水場のある場所で暮らしている。

石神井公園で保護された老あひるだから、
『シャク爺』なのじゃと・・・。
ふーん、
まぁいいか、老後は安泰じゃな。

わしはいまだによくわからんよ、
『人間』という生き物が。

わしらを最初に育ててくれたのも、
棄てたのも、人間。

パンを投げてくれたのも人間。
自転車で轢いていったのも、人間。

ボートに乗って浮島にやってきて、死にかけていたわしを救出してくれたのも人間じゃ。

わからないけど、
わしは、今、幸せじゃ。

・・・わしの話はこれで終わりだけど、
あひるは野生の生き物じゃないから、自然では生きられないこと、
もっと、みんなにわかってもらえたらいいのにと、毎日思っているのじゃよ。


作:岩瀬恭子理事 愛玩動物飼養管理士一級 (シャクちゃんを保護、飼養)
シャク爺ものがたりは、石神井公園でシャクちゃんを目撃されていた方や見守っていた方たちの証言を元に作られた物語りです。

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